ベッドに潜り、眠ろうとしていた彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。その声はどうやら窓の外から聞こえてくるようだった
減肥方法。薄気味悪く思いながらも、ミルカはカーテンの隙間から、そっと外を覗き込んだ。
「窓を開けちゃいけない。オレの姿を見てはいけない」
ミルカははっとして手を止めた。それは忘れもしない、ソザジの声だった。
「元気そうで本当によかった」懐かしい恋人の声は続ける。「君への思いは決して変わらない。今も変わらず君を愛している
願景村人生課程 。オレは今も、いつまでも、君の幸せを祈っているよ」
ところが、それを聞いていたのはミルカだけではなかった。彼女の旦那もまた、寝室でその声を聞いていたのだ。ミルカの旦那は短気で怒りっぽい男だった。もちろん声の主がすでに死んだ者だとは思いもしなかった。
こいつは間男に違いないと、旦那は怒り狂った。彼は店から大きな肉切りナイフを持ち出し、寝室の窓を開け放った
褥瘡。
「オレの女に手を出すとは、この命知らずが! 切り刻んで挽肉にしてやる!」
彼の罵声に怯えたように、黒い影が窓から飛び離れた。丘の方へと駆けていくその後ろ姿を見て、旦那はぽかんと口を開いた。
「なんだぁ、ありゃあ?」
丘をすっぽりと包み込む夜の闇。そこに消えていったのは、大きな黒い獣の姿だった。
魔物だ。魔物がウチの人間を喰いにきたのだ。飲み屋の旦那はそう思いこみ、魔物の弱点である銀製のナイフを用意した。店を閉め、奥の部屋にミルカと二人の子供を閉じこめ、彼は待った。「魔物め、来るなら来い。目にもの見せてくれる!」
魔物が訪ねてきてから三日が経った夜。寝ずの番を続けていた旦那が居眠りを始めた隙に、ミルカは家を抜け出した。彼女は小さな灯りだけを持って、暗い丘を登っていった。
丘の頂上には石の舞台があった。それは昔々の偉人の墓だと言われていた。その周囲には無数の墓石があった。どこかにソザジの墓もあるはずだった。けれど、どれがソザジのものなのか。ミルカにはすでにわからなくなっていた。
「ソザジ、いるの?」
昼間でも近づく者のない不気味な墓所に立ち、ミルカは呼びかけた。
「ソザジ、いるなら返事をして」
「ミルカ——」
どこかから、悲しげな声が聞こえた。
「オレのこと、待っててくれなかったんだね。十一年、待つと言ったのに——お前、オレのことを忘れてしまったんだね」
「忘れちゃいないわ」ミルカは叫んだ。「一日だって、あんたを忘れたことはないわ!」
「では、どうして? どうしてあんな男と所帯を持った? どうして待っていてくれなかったんだ?」
「仕方がないじゃない! だって、あんたは死んじゃったんだもの!」
ミルカは悲痛な声で言い返した。
「私は生きていかなきゃならなかった。あの村で手に職もない女が、結婚もせず、一人で生きていけると思う? 私には両親もいたし、幼い妹もいた。彼らを食べさせていくためには——生きていくためには仕方がなかったのよ」
ミルカは顔を覆い、地面に膝をついた。
「今でもあんたを愛している。それは本当よ。何を言っても、もう信じて貰えないだろうけど……それだけは本当なの」
「言葉では何とでも言えよう」
低い声が答えた。月光を遮《さえぎ》り、彼女の前に立つ黒い獣——それは怖ろしい魔物の姿であった。
「たった十一年でさえ、お前は待つことが出来なかった。お前の心は移ろい、愛する者のことを忘れた。かくなる上は、私はお前を喰わねばならない。そうすることでしか、彼の心を慰めることは出来ない」
「喰われればいいのね?」ミルカは臆《おく》することなく魔物を見上げた。「それで信じて貰えるのなら——いいわ、私を食べてよ。そしてソザジに伝えて。私も貴方を愛してると。貴方のことを忘れた日はなかったと」
魔物は彼女の肩に手を置いた。鋭い爪が彼女の首に食いこむ。
「ソザジの声が聞けて、嬉しかったか?」
「もちろんよ!」
「この十一年間、お前は幸せだったか?」
「正直言うと、辛い時も悲しい時もあったわ。けど、今思えば幸せだったと思う。可愛い子供も授かったし。あの人は時々乱暴だけど、子供達には優しいの」
怖ろしい魔物に向かい、ミルカはうっすらと微笑んだ。
「下の子ね、男の子なの。名前、ソザジって言うのよ。貴方みたいに優しい子に育って欲しかったから——貴方の名をつけたの」
堪《こら》えきれず、彼女の目から涙が溢れる。